東京高等裁判所 平成3年(ラ)600号 決定 1991年11月18日
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一 抗告の趣旨及び理由
抗告人は「原決定を取消す。本件を東京地方裁判所に差戻す。」との裁判を求めた。抗告の理由は別紙記載のとおりである。
第二 当裁判所の判断
一 当裁判所も抗告人の申立を却下した原決定は、結論において相当と判断する。その理由は次のとおりである。
民事保全法のもとにおいては、不動産の仮差押命令は差押えるべき不動産を特定して発せられる。したがつてまた、仮差押命令の申立も仮に差押えるべき不動産を特定してしなければならない(民事保全法二一条、民事保全規則一九条。以下それぞれを単に「法」または「規則」という。)。これは、不動産に対する仮差押命令は、保全命令(保全のための執行命令の基礎となるもので、民事執行における債務名義にたとえられるものである。)と執行命令とが一体となつて発せられることを意味している。そして、保全命令を発するための要件である被保全権利の存在と保全の必要性は疎明で足りるが(法一三条二項。なお、疎明で足りるというのは、同時に証明を要求してはならないとの意味を含むものである。)、執行命令を発するための要件は、当該差押の目的とされる不動産が登記簿上甲区又は表題部に債務者の所有と記載されているか、そうでなければ債務者の所有に属することを書面によつて証明しなければならないものとされている(規則二〇条一号イ、ロは、この趣旨を明らかにしたものである。)。つまり、執行命令発令の要件のうち当該不動産が債務者の責任財産に属することについては、法(規則)が明文をもつて要件を定めているのであり、未登記不動産については債務者の所有に属することを書面によつて証明することを求めているのである(規則二〇条一号が「証する」という表現を用いているのは、明文をもつて「疎明」では足りないことを表したものである。なお、このことは、なにも民事保全法の場合に限つた特殊なことではなく、民事執行全般の仕組みを貫く基本的な原理の表れに他ならない。)。抗告理由のうち、債務者の責任財産に属することについてまで疎明で足りるかのようにいう部分は、すでにこの点で理由がない。
ところで、未登記不動産が債務者の所有に属することについて証明を要するとする場合、その証明の方法ないし証明責任の分配についても抗告人は不服の理由を述べているので、判断する。結論を先にいえば、利害の対立する者の対席が保障されない手続の段階にあつては、債権者としては、当該不動産の所有権が債務者に属することについて通常予測されるような障害事由の存しないことも含めて証明しなければならないと解するのが相当である。抗告人は、請負契約の場合、請負人が原始的に不動産の所有権を取得するのが原則であることを理由に、注文主の所有となるような事情は第三者異議の訴えによつて注文主が主張立証すべきものであるというが、元請負人の倒産を理由として、下請負人が債権者となつて元請負人を債務者として仮差押命令が申請される本件のような場合にあつては、請負人の建築した不動産の所有が請負人の所有に属するか注文主の所有に属するかをめぐつて争われる事案はしばしばみられるところであつて、抗告人のいうような証明責任の分配による処理が適切でないことは実務の経験の教えるところである。法(規則)が、債務者の所有として登記簿に記載されている場合とそうでない場合とで取扱を区別していることもこの点を考慮してのことであるといつてよい。登記簿上債務者の所有と記載されている場合と同様にすべてを注文主の訴による主張立証に委ねるべきであるとする抗告人の主張は、執行手続における責任財産の帰属をめぐる法の取扱の原則を正しく理解しないことによるものというほかなく、採用することができない。抗告人のような下請負人としては、元請負人との契約をする際に注文主と元請負人との間の契約関係は把握すべきであるし、その後の状況についての資料を入手することも不可能とはいえない立場にあるはずである。実際上は、証明資料を入手するのに困難が伴うことは判らないではなく、抗告人の言い分も理解できないではないが、事前に言い分を述べる機会が保障されていない注文主の側の立場も考えなければならない。抗告人の言うような処理をするとなると、注文主の利益は全く無視されることになつて公平を欠く。密行性を重視して債権者側の資料のみによつて手続きを進める場合、立証のための負担が加重されるのは止むを得ないところであつて、立証資料の入手が困難であるからといつて、もつぱら注文主側に証明責任を負担させる結果となる抗告人の主張は採用することができない。
以上の観点からすると、本件記録に表れた資料によつては、抗告人が仮差押を求める不動産が債務者の所有に属することの証明は十分でないというほかなく、抗告人の仮差押の申立を却下した原決定は(疎明がないとしている点は相当ではないものの)結論において相当である。
二 以上のとおりであつて、抗告人の本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 上谷 清 裁判官 満田明彦 裁判官 高須要子)